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3.2 種の深海微生物、好圧性細菌と耐圧性細菌における遺伝子発現の圧力応答
好圧性細菌は、大気圧下ではほとんど生育できないが加圧下でのみ生育できるという特質をもっている一方、耐圧性細菌は、大気圧下でも加圧下でも良好に生育できその生育能力に大きな差異は見られない1)。そこで、両者の微生物の遺伝子発現の比較を目的として、一般的に微生物の生育にとって極めて重要な役割を担う必須酵素の1つである、β−D−アスパラギン酸セミアルデヒド脱水素酵案(ASD)に着目した。ASDは、いくつかのアミノ酸(リジン、スレオニン、メチオニン、イソロイシン)や細菌細胞壁の必須成分である、ジアミノピメリン酸(DAP)の生合成経路のキー酵素であり本酵素が欠損すると、培地中にDAPを補わなければ菌体は生育することはできない。我々は、ASD酵素の遺伝子発現における加圧応答がこれら2種の深海微生物においてどのように制御されているかを調べた。
好圧性細菌DB6705株及び耐圧性細菌DSS12株よりASD遺伝子をクローン化し、決定された塩基配列に従いプライマーを合成し、プライマー伸長法により各圧力下で培養された微生物におけるASD転写産物(mRNA)の解析を行った。その結果、好圧性細菌においては1つの転写開始点が見いだされ、そこから圧力の上昇にしたがって転写量が増大されており、加圧応答していた。一方、耐圧性細菌からは2つの転写開始点がわずか1べースの違いで見いだされ、1つはすべての加圧下で構成的に転写が起こっているのに対し、もう1つでは明瞭に加圧応答している転写が検出された。そして、その加圧応答している転写開始点は好圧性細菌におけるそれと完全に一致した5)(図−3)。これらの深海微生物において、ASD遺伝子それ自体ならびにその上流のプロモーター領域の塩基配列に、それほど大きな違いは見いたされなかった。これらの結果から、両微生物間におけるASD遺伝子の転写レベルの圧力レスポンスの違いは、プロモーター領域の違いではなくRNAポリメラーゼ等の転写装置の違いによるものと推定された。すなわち、好圧性細菌では加圧応答する転写装置が働き、耐圧性細菌では加圧応答する転写装置と共に、加圧応答しない構成的に動く転写装置も同時に働いていると思われた。すなわち耐圧性細菌では、圧力レスポンスのことなる2種の転写装置が存在していると考えられる。最近、深海微生物における遺伝子発現の転写に関わる多様性を調べた実験から、耐圧性細菌において、転写活性の至適温度の異なる2種のRNAポリメラーゼが存在していることが、示唆された6)。これらの転写装置は、加圧応答する転写としない転写に対応している可能性が高く、今後の更なる検討が待たれている。
これらの知見から、2種の深海微生物、すなわち好圧性細菌と耐圧性細菌の圧力に対する生育能力の違いは、その遺伝子発現に関わる転写機構の異なりによるものであることが強く示唆された。すなわち、好圧性細菌には加圧応答する転写に関わる装置が存在し、耐圧性細菌には加圧応答するものとしないものの少なくとも2種の転写装置が存在していることが示された。
4. 大気圧下に適応している微生物、大腸菌における加圧応答との比較
進化系統学的な検討より、好圧性あるいは耐圧性を示す深海微生物は、大気圧下に適応している微生物の代表

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図−3 プライマー伸長法によるASD遺伝子の転写(A:好圧性細菌DB6705株、B:耐圧性細菌DSS12株)と圧力との関係。矢印は転写開始点を示す。数字は、圧力(MPa)のレベルを示す5)

 

 

 

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